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バイオメカニクス×古武術

普段の生活だけで“運動”につながる身体の使い方

◆古武術(身体操法)を原点に出会った三人

藤原先生(以下、藤):勤務していたフィットネスクラブで自分の限界を感じはじめていたときに、たまたまTVで古武術的身体操法を見かけて、気になって気になって近くにいないのかと探したら、高橋先生がびわこ成蹊スポーツ大学(以下、びわスポ大)で教員をされていることを知ったんです。プロフィールに「武術とバイオメカニクス」とあって、さらに気になってしまって。それで身体操法研究会に参加させてもらったのが2年前くらいですね。

高橋先生(以下、高):そうだったんですね(笑)

藤:スポーツをしていた身からすると、筋肉の瞬発力・敏捷性が重要と思ってたので、身体の動かし方を変えてパフォーマンスを上げるという概念がなかった。まだいけるかもという可能性をすごく感じたんです。

高:確か、足を広げて骨盤を起こす「骨盤起こし」をやったのでしたか。一番前で、すごく熱心に聞く方がいるなって強く印象に残ってます。個人的にお話をしたのは、その後の懇親会ですね。

藤:はい、懇親会では色々と…稽古中は「ホンモノや!」って興奮してて、実はよく覚えてないです。

高:熱心に聞いて実践されてましたよ(笑)僕と山中さんはつい3日前でしたか。

山中先生(以下、山):ですね。藤原さんにご紹介いただいて。

高:山中さんは物腰も柔らかくて、とても楽しくお話しをさせてもらいました。お二人ともですが、情熱的で熱いものを持っていて、知識も深くて。すごい方がいるんだなって思いました。

山:こちらこそ実は、高橋先生が武術研究の第一線の方ということで、お会いする前はいつも以上に緊張してたんです。でも言葉だけではなく、すごく柔軟性を持って対応していただいて、気づいたときにはその緊張感が消えてましたね。藤原さんとは、あるセミナーでたまたま一緒になって、講師の方に紹介していただきました。開脚のプログラムを教えているとのことで、その場でお願いして翌月のセミナーに参加させてもらったんです。

藤:山中さんの第一印象は…すごい儲かってそうな…。

山:いやいやいや(笑)

藤:事前に東西をまたいでの経営者と伺ってましたから。この業界でそんな成功者ってなかなかいらっしゃらないので、若いのにすごいなって素直に思ったんです。

山:藤原さんは、勉強熱心ですごく深堀りして研究されている方だなと感じました。僕もそういう分野には興味あるからどんどん話しこんじゃって。

藤:周りの人に、この人たちは何を言ってんの、と思われてたでしょうね(笑)

◆古武術とはいったい?
高:戦国時代が終わり平和になった江戸時代に入って、じっくりと武術というものを練る時間ができたんだと思います。約260年間、練りに練られて発展したものが、おそらく今の僕たちから見た「古武術」ではないかと思います。ですが、明治維新の際に時代遅れと言われて一度廃れてしまうんです。各武術家たちは復興のために奔走したようで、中でも影響を強く与えたのが、柔道の創始者でもある嘉納治五郎先生(講道館柔道の創始者であり柔道・スポーツ・教育分野の発展や日本のオリンピック初参加に尽力するなど、明治から昭和にかけて日本におけるスポーツの道を開いた。)であったと言われています。「武術は人を殺すためのものではなく、生かすための道である」と説いて、1881年(明治14年)に「柔術」を「柔道」として創設したんです。合気道も剣道も「道」がつけられて、そうして“残って”きたんだと僕は理解しています。

研究会では、古武術そのものではなく、「身体の使い方」を研究しています。江戸時代と現代とでは衣食住が全く違いますよね。身体の使い方もきっと違っていたはずです。例えば、浴衣を着たときの歩きにくさ。これは、ベルトやボタンという留め具のついた服を着たときの歩き方をしてるからなんです。昔の人は、体幹がねじれるような歩き方だと動きづらい、ということを“身体で知っていた”ので、ほとんど体幹をねじらずに歩いていたのだと思います。一俵60kgの米俵も担いで歩いてました。現代人なら腰を痛めそうと思いますよね。ということは、昔の人は腰を使ってなかったのではないか、と。このように、昔は日常生活そのものが運動だった。しかし生活と運動が離れてしまった現代では、わざわざトレーニングをして補わなければならない。かといって生活を戻せはしません。そこで、身体そのものや身体の使い方を戻せるか、ということを研究してます。

山:身体の使い方だけでなく、時代の変化に合わせて身体自体が変化してますよね。

高:小指の関節が効かないとか、足の指を全部曲げたときに拳の山が出ない人もいますね。浮き指で歩いてるので、どすどすと足音も大きく膝に負担がかかり走りにくい。藤原さんのやってる姿勢を作ればちゃんと立てるというプログラムは良いですよね。

藤:僕がやってる開脚は、高橋先生から紹介された「骨盤起こし」を元にしてはいますが、だいぶ違うものになっていますね。「骨盤起こし」というのは相撲の「またわり」なんです。すごくいいと思って始めたんですけど、女性から一切興味を持ってもらえなくて。「ベターッと開脚」という本の人気ぶりを見て、開脚の名で「またわり」を広めようと新しく構築しました。今年から始めて、SNSだけの告知しかしてなんですけど、参加者自身がどんどん広めてくれていってますね。
高:真逆ではないですけど、だいぶ違いますよね。

藤:結果は一緒でも過程が違うというか。一般の方にとって「またわり」がわかりづらかったのと、そのままだとつらくてできない方も8割くらいいたんです。その状態で無理をすると身体を痛めることもあります。お腹やお尻に刺激を与えながら、本人が筋肉を使えるようにならないと。そういう身体の使い方を教えてあげるのが僕の仕事かなと思ってます。

山:僕もこの「開脚」に魅力を感じて、柔整師のための開脚プログラムを作らせてもらってます。接骨院の運営に合わせて導入しやすくしています。先日、男性150人に街頭アンケートを取ったら、98%の方が「身体が固いより柔らかい女性の方が好き」という回答でした。開脚をやりたい女性はこういう潜在ニーズも持っていて、このブームのひとつの要因だったのかなと感じました。

スポーツ的観点から見た古武術的身体操法

高:僕のところには、自分の限界を越せる何かがあるのでは、という期待で来られている感じです。即効性を求める方も多いですが、そういうものはすぐに消えてしまうので、僕としては残るものをお伝えしたいと思ってます。そうすると遠回りに感じるのか、すぐ辞めてしまわれるんですけど…。

実は、僕はもともと、甲野善紀先生の元でプロ野球選手が復帰されたというのを見て、“いいトコどり”をしに行ったんです。でもそういうものじゃないと気づいた。甲野先生って“いいトコどり”をしようとすると、わかりづらいんですよ。「刀で斬られて死ぬように動くんだ」「背中から羽が生えたように動くんだ」って感じで(笑)これはね、そういう状況を想像させて、身体の「感覚」を伝えようとされてるんです。それが具体化できる人は甲野先生の周りでもぐんと伸びてるんですけど。幸い僕は、甲野先生の言うことがすごく理解できたので、ここまでこれたのかなと。

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甲野善紀(こうのよしのり)
文献や古伝を独自に読み解き、剣術、杖術、体術など広く技の研究を行っている身体技法の研究家。現在では日本各地で身体技法を伝えている。高橋先生は筑波大学在学中の2003年にこの研究会に入り、瞬く間にその技を身につけ、現在では教鞭を取りながらスポーツ現場へ普及させている。
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藤:高橋先生の研究会でもそんな感じで最初は驚きましたけど、逆に「そう伝えれば良いのか」と感じました。具体的に説明してしまうと全然違う動きになってしまうんです。「翼が生えているような感じ」ということは、胸を張って緊張している感じにはならないはず。ひとつの表現で全てを伝えようとされているんですよね。それからは僕も敢えて伝えないようにしてます。広背筋じゃなくて背中って感じで。

山:それ、柔整師は言いがちかもしれないです。ひとりひとり筋肉の使い方って違うので、言えば言うほど全く違う動きになるんですよね。「ここからここまで、ハッて腕を振って」なら大体同じ動きになるんですが、「指をしっかり開いて手首を返しつつ肩を大きく回しながら…」って言うと全員が違う動きをする。

高:そうなんですよね。そういうことを言っちゃうと古武術(身体操法)の良さが全く伝わらないし、違う動きになっちゃうんで、言わないようにしてるんです。



◆柔整師本人が身体を痛めてしまう現状
山:僕も以前は、施術をやればやるほどエネルギーを消耗するような感じがあって、そういうのが身体に現れるのか、僕の周りでも身体を痛めて辞めてしまう人も多かったんです。でも藤原さんに教えてもらってから、施術をするほどに元気が出るようになった。だからこの「開脚」を通じて、術者自身に身体の使い方を覚えてもらって、痛みにくい身体になってもらえたらと思ってるんです。古武術(身体操法)の身体の使い方は介護にも応用されてるくらいですから。高橋先生の研究会に来られてる柔整師の方から、そういう相談もあったりしますか?

高:具体的に知りたい、というのはたまにありましたが、長く続けてくれている方ほど、自分の姿勢が変われば施術に反映されるという意識で取り組んでいらっしゃいますね。そういう方は身体もしっかりしてきてて、その結果、力が自然に伝わるような姿勢で施術できるようになってきているようです。柔整師さん自身が整った状態でやれば、身体の故障も自然となくなるだろうし、相手も整っていくんじゃないかなと思うのですが。

山:確かに。僕自身、自分の姿勢をぐっと整えてから施術に入るようになりましたね。前は相手の身体しか見てなかったけど、今はまず自分の身体を見ます。お腹の力がなくなっていると手にも力が入らないんですよね。

高:柔整師さんは良い技術や知識をお持ちだと思うんですよ。ただし、その基準が自分の身体なのか教科書なのかで全然違うんじゃないでしょうか。患者さんと施術者は鏡みたいなもので、歪んだ状態で施術したら、相手も同じように歪むと思うんです。

藤:“良い先生”というのは確かに整ってて自分の型を持っている感じがしますね。

高:虫歯だらけの歯医者さんに歯を治せって言われたくないでしょ?そういうことだと思うんですよ。武術で言えば、やればやるほど力が吸い取られているようでは死んじゃいますから(笑)施術でも、やってると楽しくなってくるような感じがあってもいいはずなんですよね。

藤:開脚プログラムは、敢えて指導側がちゃんと身体を使うやり方で設計したんです。だからこそ自身の身体が整って相手も整う。両者が動くことが楽しくなってくるんです。「運動しないといけない」という思いも自然となくなる。開脚を通じて、そういう“動きたくなる”気持ちを感じてもらえたら面白いんじゃないかなと思います。

高:びわスポ大の学生約90人に藤原さんに開脚セッションをやってもらったことがありました。手を着くのも怪しかった子が、ぺたーって着いて。楽しそうにやってましたよ。

藤:「動きたくなる」って相手が言ってくれたら僕の役割はひとつ終わったと感じます。そうなったらもう勝手にやりたいことやりますから(笑)それが一番です。健康のためにやらないといけない、じゃなくて、どんな運動でもをやりたくて仕方ないっていう方がよっぽどいいと思うんです。

山:動ける身体になったんだから動こうって自然になるんでしょうね。

高:「心技体」って、昔は「体技心」だったんですよ。動けるようになれば、おもちゃを手に入れた子供のように動きたくなると思います。それを「動かなきゃいけない」って心から入っちゃうと、とたんに動きたくなくなるんですよね。

今後の活動は?

藤:高橋先生の持つレベルの高い技術や知識を、再現性をもって一般の方でも気軽に取り組めるようにしたいのが僕個人の大きな方向性です。会社としては古武術をルーツとした身体の使い方はオールジャンルで応用できるので、そういう場所で活躍される先生を輩出していきたいですね。

山:藤原さんや高橋先生に教えていただいた身体の使い方を、みなさんに知っていただく機会を多く持ちたいなと。高橋先生の書籍でも僕の開脚の体験会でも、どれでもいいので一回は体感してみてほしいです。

高:大学では保健体育の教員など、指導者を目指す学生が多いので、古武術の身体の使い方を通じて教えることのできる指導者を一人でも多く育てたいと思ってます。あとは、スポーツに還元していきたい。ただ、なかなか難しいんですよね。取り組んでくれた高校が甲子園に行ったこともあるんですけど、自分のチームが一番難しい。選手と仲良くなり過ぎちゃって。

山:確かに初回から距離を近づけてきてくれますよね。多分、お兄さん的な感じで、師弟という関係にはなりにくいのかも。

高:師匠って呼ぶの藤原さんだけですよ。やめてくださいって言ってるんですけど(笑)

藤:僕は山中さんと一緒に、高橋先生を持ちあげたいというのが個人的な目標なんです。

山:ええ、ぜひそうしましょう!

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